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REPORTS

Special Issue

進化するアジアのネットワーク:タイ建築レポート

岩本 昌樹
1976年東京都生まれ。
2002年東京大学大学院修士課程修了、2011年博士課程単位取得退学。
隈研吾建築都市設計事務所、Architects 49を経て、
2006年バンコクにてOn Ground設立。
2012年よりPLANTEC GROUP (THAILAND)代表、タイ王立建築家協会国際委員。
AEC構想と建築家 

近年成長著しいアセアン諸国では、AEC という言葉を耳にする機会が多くなっている。2015年の実現予定に向けて枠組みの検討が進められている ASEAN 経済共同体(ASEAN Economic Community)構想である。その特徴として、①単一市場・生産拠点、②競争力のある経済圏、③公平で均整のとれた経済発展、④グローバル経済への統合を目標とし、一般的によく知られているFTAのように単に物品を対象とするだけでなく、サービス、資本、そして人の自由な移動を実現させる地域統合への取り組みが加速している。この画期的で野心的な枠組みが地域内での競争を促し、どの分野にとっても魅力的で豊かな市場を形成していくことは間違いないが、さらに注目すべき点は、人やサービスの本格的な自由な移動や交流のための専門職に関わる資格相互認証制度が議論されていることである。その職能なかには医者、歯科医、看護師、会計士やエンジニアだけでなく、「建築士」も含まれており、我々日本の建築家にとっても、もはや他人事では済まされない段階に来ているといっても過言ではない。

近代化の際にはイタリアやドイツなどから多数のお雇い外国人招聘によって発展し、現在でもその多くのインフラや建物が都市基盤として現存しながら文化として定着しているタイではあるが、現在の労働基準法では外国人の就労が規制されている業種でもある。タイ側からみれば建築家という職能は厚く保護されている一方で、中国やシンガポール、マレーシア、ベトナムそしてカンボジアなど周辺諸国のプロジェクトを手がけるタイの設計事務所もかなりの数に上るのも事実である。このようななかでAEC構想が実現されれば、シンガポールやマレーシアからなどの設計事務所がこれまで保護されてきたタイのプロジェクトに今まで以上に深く関わっていくことへの影響が予想されるため、タイ国内での反対意見も多くなってはいるが、アセアン域内に残存する様々な格差に対する各国の思惑が交錯するなか、中進国からの脱却をはかるタイにとっては大きなチャンスということで慎重な議論が繰り返されている。

タイは地理的にもハブとして機能し、この枠組みの中心的役割を担っている。LCCも日本と比較にならないほど活性化しており、域内の移動は日本国内の移動と変わらないほど短時間で快適な移動となり、大メコン圏(GMS)をカバーする東西回廊と南北回廊のインフラ整備も順調に進むなか、各国共に企業や教育機関などを誘致し、理想的なリソースを集約するブループリントを描き、広く開いたグローバルな立場で域内のプレゼンスを高めていこうとする傾向には今後も注目していきたい。そのなかでアセアン各国において生産・サービス拠点を持つ日本企業にとっても投資や利便性が高まることは間違いない。その意味においても、アセアン諸国が関係を深めながら地域を独自にネットワーク化していく動きは、日本の建築界の成長にとっても重要な要素のひとつとなるに違いない。マーケットを海外に求めることが急務の課題となっているなかで、その活動の舞台を世界に広げ、タイを拠点とする国際的プロジェクトに関わる機会も今後確実に増えていくであろう。

日本・タイ建築設計実務交換プログラム 

このような動きへの対応のひとつとして長年交流を深めてきた日本建築家協会(JIA)とタイ王立建築家協会(ASA)は、ぞれぞれの国の若手建築家を相互の建築事務所で受入れ、異文化の中で実務経験をさせようとする交換プログラムの実施に向けて準備を進めている。2012年のJIA横浜大会にて、両国建築家協会によって「日本・タイ建築設計実務交換研修事業」の実施に関する覚書の調印が行われ、現在受入れ事務所や研修生の募集選考の段階まで進められている。建築を目指す若い世代がさらに大きな舞台に目を向け、両国での活動や交流によって、将来の国際的な人材の発見や育成につながることが期待されている。

現在のバンコクは、かつて日本でも話題となった政情不安も落ち着き、経済も活気を取り戻して高層ビルや大型商業施設の建設ラッシュで、様々なジャンルの プロジェクトに携わる機会も多くなってきている。また日系製造業を直撃した2011年の大洪水被害からの復旧もほぼ完了した。タイからの撤退が進むとも噂されたが、中国リスクの回避もあってか、蓋を開けてみればさらにタイへ進出する日系企業が急増し、日系製造業の一大拠点となっているバンコク郊外の工業団地はさらなる拡張を続けている。

これまで成熟した関係を築いてきた基盤が固まりつつある場所であるからこそ、異文化に触れながらの生活を通じて諸制度の相違や現地ならではの事情をより体感できるであろうし、活躍の場をさらに広げるチャンスでもある。日本からもタイの建築界に関わる人々がさらに増えていき 先に述べたAECの流れを先取りするようなきっかけになることを願っている。

交流とネットワーク:タイの建築事情 

日本にいるとタイの建築事情に触れる機会もほとんどないとは思うが、文化交流においてはメディアに取り上げられることも多く、旅行などで訪問経験があるなど日本人にとっては非常に親しみやすい国のひとつでもある。日本の自動車や家電、食生活などはすでに現地の生活に根ざしているレベルまで定着しているし、実際、タイには在留邦人が約5万人、バンコクの日本人学校も世界の中で最も長い歴史をもち世界有数を誇る規模となっていることからも、日系社会がすでに文化として溶込んでいることが理解できる。同じ仏教国という下地も少なからず影響してはいるだろうが、周辺諸国と比較しても日タイの親和性は高いと言える。実際に日本ブランドをテーマとした様々な関連施設が増殖し続け、逆にタイからも日本への旅行者数がここ数年急増するなど、建築に限らず日本の情報に対する注目度は高く常に最新情報を把握しようとする傾向は、日本への期待度が高い表れでもある。

建築分野でも、多くタイへ進出し長年に渡って建築から都市インフラまで実績を残している日系企業、ゼネコンへの信頼は厚い。コスト的には割高であるのも事実だが、それ以上に現地での欲求を確実に満たしてくれるからである。もちろん設計段階でも現場においても、日本では想像しないような予想外の問題も多く起こることも日常茶飯事ではあるが、問題を確実に解決しクライアントの利益に結びつけるノウハウやスケジュール通りにハイクオリティを遂行する管理能力、そしてこれらを支える最新の技術力に対する期待こそが日本に求められていることなのだと日々実感している。その土地に根付くような努力や対等な立場で真剣に向き合うことができて初めて様々なレベルでの信頼感を得ることではじめて共有が生まれる。だからこそ、よいものは積極的に取り入れようとする現地の貪欲さやフットワークの軽さに呼応することができ、よりよい循環につながっている。決して上から目線で、プロジェクトや利益を追いかけるだけのような心構えであってはならない。

設計だけに関して言えば建築業務のプロセスやシステムは似てはいるものの、建築基準法や特有の制度への対応するために現地でのネットワークが重要であり、まだまだプロジェクト単位での業務対応になることが多いとは思うが、今後アジアでの建築家の移動がさらに活発になれば、日本からに限らずタイに拠点を構える設計事務所も増加してくるかもしれない。そしてタイがうまく日本のよい部分を取り入れて成長しているのと同じように、日本からもタイやアジアの特徴をもっと生かした活動に力を注ぐべきである。例えば、タイの設計事務所が多くの国際的プロジェクトに関わっているように、タイのネットワークを生かした協業や周辺諸国へのアプローチも見逃せなくなってきており、実際に最近ではタイ拠点からのミャンマーなどへの新市場開拓も現実的な状態にまでなっている。 このようなグローバルな展開のなかでビジネスチャンスや建築プロジェクトに携わる機会を目指すには、建築だけでなく日頃から常に様々な情報やコンテンツへのアンテナを張り巡らせておく必要がある。建築家としてタフで行動力がある人材というのはもはや当然の条件で、英語など言語が流暢でなくとも、図面という共通言語を上手く活用しながら自分で考えて課題を解決し、さらに自分の言葉でいかに相手の心を動かし掴むことができるか、これらのバランス感覚とコミュニュケーション能力こそが建築家としての最も大切な素養であるはずだ。

私もタイ王立建築家協会の国際委員として、JIA大会やアルカシア関連のイベントなどに参加する機会があるが、アジアの建築家たちは本職の建築だけでなく、時にはゴルフやサッカー、音楽や食事などで常に交流し相互理解を深めることで、各国の代表が真の友人として強いネットワークを構築しているのを目の当たりにしてきた。ASAでも協会活動の強化のため、数年前にバンコク中心部の最も賑やかな地区のショッピングセンターにASA CENTERというサテライトを開設し、ワークショップや展覧会、会議などを盛んに行ない建築界の活性化に役立っている。最後に先日バンコクで開催された「ARCHITECTS’13」について紹介したい。ASA主催の年に一度の一大建築イベント兼建材展示会で、今年は27回目を迎え「BORDERLESS」というテーマにあわせ、数多くの設計事務所によるビジョンの提唱、建築大学などの展示、国際会議やコンペ、世界中から招聘された建築家の講演会(今年は日本からは手塚貴晴と五十嵐淳の2名)などが6日間に渡って盛大に開催された。AEC構想に向けた議論や交流の場として、このようなイベントはアセアン各国の建築家協会主催の建築展示会でも行われており、競うように年々充実したものとなっている。実際にアジアの建築のエネルギーを感じるよい機会なので、是非日本からも注目して参加して頂けるようASAとしても来年以降もいろいろと新たな企画を進め、今後も情報発信を継続することでアジアの建築発展に貢献していきたい。

タイ基本情報:
国名
タイ王国
面積
513,115平方キロメートル(日本の約1.4倍)
人口
6,408万人(2011年)
首都
バンコク(タイ語名:クルンテープ・マハナコーン、天使の都)
人口572万人(2007年)
言語
タイ語
宗教
人口の約95%が上座部仏教、その他イスラム教(4%)、キリスト教(0.6%)など
政体
立憲君主制
元首
プミポン・アドゥンヤデート国王(ラーマ9世王、1946年即位)
GDP
3,650億ドル(名目、2012年)
一人当たりGDP
5,382ドル(2012年)
経済成長率
6.4%(2012年)
総貿易額
輸出2,261億ドル(2012年)、輸入2,178億ドル(2012年)
日本からタイへの直接投資
3,484.3憶バーツ(タイ投資委員会2012年認可ベース、国別最多)
<建築・建設関係>
名目建設投資額
7,982億バーツ(2010年)
建築家の資格制度
建築家職能団体ASA 登録資格者7,120名 登録設計事務所89社
外国企業参入規制
外国人事業法により建設業は規制対象業種とされ、外国企業の参入規制あり
主な国内設計事務所
Architects 49
Design 103 International
Plan Associates など
主な国内建設会社
Italian-Thai Development
Sino-Thai Engineering
CH. Karnchang
Power Line Engineering
Syntec Construction など
主な外国建設会社
Bouygues(フランス)など
日本の建設業の受注実績
1,197億円(2011年度、タイ建設市場の5%程度)
今後の開発案件
MRTラマ9世駅周辺再開発地
MRTルンピニー駅周辺再開発
バンコク大量輸送網整備拡張計画 など
参照サイト:

The Association of Siamese Architects Under Royal Patronage (ASA,タイ王立建築家協会)

「ARCHITECTS’13」パンフレット

ARCHITECT COUNCIL OF THAILAND

Li-Zenn(建築専門出版社)

日本・タイ建築設計実務交換研修事業