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REPORTS

Special Issue

もも・かき育英会の安藤忠雄さんインタビュー

安藤忠雄
建築家。
大阪生まれ。
独学で建築を学び、1969年に安藤忠雄建築研究所を設立。
代表作に「光の教会」「地中美術館」「表参道ヒルズ」など。
日本建築学賞、アルヴァ・アアルト賞、ブルツカー賞、UIA (国際建築家連合)ゴールドメダルなど受賞多数。
2005年にレジオン・ドヌール勲章(シュヴァリエ)、10年に文化勲章受章。
東京大学名誉教授。
著書に『連戦連敗』『建築家 安藤忠雄』『安藤忠雄 仕事をつくる』など。
どんな状況になっても自分で考え道をひらいていける人間力を 

「日本は資源もエネルギーも食料もない国で、唯一の資源が人材です。江戸は、世界的にみても教育レベル、民度の高い都市でした。また明治維新の際に優れた人材が続々と登場したのは、300諸藩が藩ごとに特色ある教育をしていたからです」

独学で世界的な建築家となった安藤さんは、現在の日本の画一的な教育を批判している。

「今の時代は変化が大きく、この先何が起ころかわかりません。目指すべきお手本もない。どんな状況に置かれても自分で考え、目標をみつけ、道を切りひらいていける、主体性と責任感をもった人材をいかに育てるかが課題です。そのような時代に、詰め込み型の教育はほとんど意味がないのではないでしょうか。」

海外のクライアントや建築会社との仕事が多い安藤さんは、グローバルな社会で活躍するにはどのような力が必要だと考えているのだろう。

「海外では日本の学歴や職歴など通じません。語学やコミュニケーション能力も大事ですが、本当に実力があればそれらは多少劣っていても、仕事は向こうからやってきます。結局のところ、一番大事なのは未知の世界に挑戦する勇気、困難に負けない闘争力、新しい価値を生み出す創造力、といった人間力じゃないでしょうか」

安藤さんの実質的なデビュー作「住吉の長屋」は、部屋を移動するには屋外を通らなくてはならない破天荒な造りで、とても快適とはいえない家だった。そこには、「人が暮らすということは本来厳しいこと」との安藤さんの人生哲学が込められている。

「人生の喜びには、困難を乗り越えるところにこそある。創造力も、緊張感や制約があってはじめて発揮されます。今の社会は便利で快適になりすぎ、子どもたちが闘争心や創造力を育んだり、発揮する場がありません。子どもにはもっと自然のなかで自由に遊んだり、友達とけんかをしたりする経験が必要です。また若い人は、とにかく積極的海外に出かけてほしい。外国に行けば、自分がいかにぬるま湯のなかにいたか気づくはずです。ネットで簡単に海外の情報が得られる時代だからこそ、現地の空気や臭いを五感で体験することが大事です」

大阪事務所にて photo by 林景澤

自身の体験からも、自立心や豊かな感性を養ううえでは一人旅がいいという。

「20代の時、ヨロッパを一人で旅し、ギリシャのパルテノンの宮殿をはじめ様々な建築をみたことが、建築家としての自分の土台になっています。帰りはアフリカからインドまで船で渡りましたが、360度見渡す限りの海の上に広がる満点の星空を見たとき、地球が一つであることを実感し、視野が広がりました」

その時の体験が、今の安藤さんの国境を超えた仕事、自然の再生や東北の子どもたちの教育支援など、建築家の枠を超えたスケールの大きな活動へとつながっている。

グローバル化が進むなか、日本の国際的な地位、競争力は落ちる一方だ。最近の若者の内向き志向も懸念されている。世界的に活躍している建築家の安藤さんに、今の日本はどうように映るのか。日本は今後、世界とどう向き合っていくべきなのか、話を聞いた。

世界で戦うチカラ 
日本人の美徳を見直し、誇りをもち、覚悟もって世界に打ってでるべき

「今、アジアはものすごい勢いで発展しているのに、日本は完全にその動きから取り残されています。日本はなぜこんなに停滞してしまったのか。中国やインドの人が心配しているほどです。このままの内向き志向が続けば、この国は間違いなく沈没するでしょう」

現在、中国で20以上のプロジェクトに携わっている安藤さん、エネルギッシュなアジアの人々と仕事する度にそんな思いを強くするという。

「彼らは正しいと思ったことは何でもはっきり言うし、決断や行動も速い。うちの事務所に見学に来ても、貪欲に何かを吸収しようと目を輝かせています。そんな日本人が、アジアの人々に勝てるわけがないでしょう」

日本の若者の覇気のなさには危機感をもつ安藤さんは、事務所に入ったばかりで何もわからないスタッフを、あえて海外出張にどんどん行かせるという。 

「海外の仕事は文化や生活習慣、法規制や職人の気質がそれぞれ異なり、日本のやり方ではスムーズに進みません。異国の地で思うようにいかないことだらけの状況の中で、途方にくれながらも、必死に解決策を考える。そんな体験によって、若者たちは見違えるほどたくましくなっていきます」

歴史を振り返ってみれば、日本人が必ずしも内向きで元気がなかったわけではない。

「日本は明治維新と第2次世界大戦の復興という、世界史における奇跡を2度起こしています。明治維新の精神的リーダーだった吉田松陰は世界を見ようと命がけで密航を企てたし、福沢諭吉ら夜も寝ずに西洋の学問を勉強しました。戦後は本田宗一郎さんや盛田昭夫さんらが世界の本田やソニーを築きあげました。これからの日本は彼らのように世界スケールでものごとを考え、行動できる志の高い人間を育てる必要があります。世界スケールでものごとを考え、行動できる志の高い人間を育てる必要があります。」

安藤さんが設計した上海保利大劇場

また東日本大震災による甚大な被害を受けた今、日本は3度目の奇跡を起こす必要がある、と安藤さんはいう。そのために、世界とどう向き合いっていくべきなのだろう。

「西洋を追い続け、経済的に豊かさは手にしたものの、日本は自然や地域社会、家族といった大切なものをないがしろにしてきました。今こそ日本人は、4季折々の自然とともに培った繊細な感性や思いやりの心、忍耐力など、自分たちの美徳を見直す必要があります。自国に誇りをもち、覚悟をもって世界に打ってでるべきです。アジアの一員として世界に貢献していこうとの視点も大事です。省エネやリサイクル技術など、日本人が秀でたものを広めていけば、世界でリーダーシップを発揮することは十分可能です」

世界で戦い、世界に貢献するための武器は、自分たちの足元にこそある、ということだ。

もも・かき育英会 東日本大震災遺児育英資金
親をなくした子ども達の学びと支援
         

東日本大震災で親を亡くした子どもたちの学びを支援する為、安藤忠雄さんらが設立したのが「桃・柿育英会 東日本大震災遺児育英会」。年間1口1万円を、10年位わたって継続して寄付してくださる参加者が募り、企業・団体からの大口寄付を含めて、震災後の10年間で約38億円の寄付金が集まるめどが立っている。発起人は指揮者の小澤征爾さん、ノーベル賞受賞者の小柴昌俊さん、同じく野依良治さん、ファーストリテーリング柳井正らが名を連ねており、発起人などによる被災地の学校での特別授業も実施。

詳細はこちら:momokaki.org