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REPORTS

Special Issue

サスティナブルで幸福な社会のための建築(2)

ジグメ・ティンレー ブータン王国首相 UIA2011東京大会 基調講演より
ジグメ・ティンレー
ブータン王国首相
1952年ブータン生まれ。
インドのデリー大学セント・ステファン・カレッジで学士取得、その後米国のペンシルヴァニア州立大学にてMPAを取得。
ティンレー氏は、ブータンで初めて民間より選出された首相である。彼は、国王による開発政策の概念である「国民総幸福量」の強い主唱者であり、国内外での講演においてそのことを語ることが多い。現在、国立環境委員会の会長および、ウゲン・ワンチュク環境保全協会(UWICE)の会長を務めている。2009年にはブータン国王より民間人の最高の勲章であるメダルを授与された。また、その他近年でも数多くの賞を受賞している。 1952年出生于不丹。
 
幸福:総合的で持続可能な開発アプローチ 

ブータンにおいては、世界の問題は相互に密接に関係し合っており、どんな解決策であっても、アプローチと内容の双方が総合的かつ統合的でなければならないと考えてきました。部分的な食事療法は、事態を悪化させるだけです。この種の解決策を実施、考案できるのは、すべての国々が参加し、真理を実現しようとする心構えがあり、共通するビジョンに関与する場合だけに限られると私たちは折に触れて述べてきました。そのビジョンとは、究極の人間の願望と文明の進歩の方向性を理解し、受け入れた上にあるものです。

幸いなことに、本年国際連合で、「幸福:総合的で持続可能な開発アプローチ」という決議が全会一致で採択されたことをご報告します。この決議によって、共通の目標が加盟国の間で受諾されました。

従来の開発プロセスには限界があることを認めた上でのことです。すなわち、平和で安定した環境の中で国民が幸福を追求していくために必要な政治的、社会的、経済的条件を構築することに取り組むことを加盟国に求めたのです。

わが国の代表団は、ブータンで行っているようなきちんと整備された指標に照らして幸福あるいは福利を推進することが、2015 年までに人類が生き残るための最低条件を確立する「ミレニアム開発目標」を自然なかたちで発展させると固く信じています。

国民総幸福量 

幸福とは、富者と貧者、先進国と開発途上国を結ぶ普遍的な価値であり、人生の究極の目的であることに疑いの余地はありません。幸福とは、有意義で楽しい永続的な真の社会発展を生み出すことに他ならないのです。

70 年代の初頭から、ブータンの開発プロセスは、「国民総幸福量(GNH)」と呼ばれる開発パラダイムの枠組に従って実施されてきました。 その根底にある考え方は、開発とは、継続的な経済成長を目指す終わりのないプロセスではなく、一つの目的に資するものでなければならないということです。 なぜなら、限りある天然資源や繊細な生態系の中で、継続的な経済成長を持続することなど到底できないことが明白だからです。

一つの開発パラダイムとして、幸福とは各個人あるいは社会が求める状態を指し、従って、開発の目的は、幸福を達成できる条件をつくりだすことに他ならないという考え方に立脚しています。さらに、このような状態を実現できるのは、心身双方のニーズがどちらかを犠牲にしないかたちで、共に等しく充足されている場合に限られるという信念に基づいています。物質的な繁栄は、その犠牲として貧しい精神状態を生んではならないのです。 1970 年代初頭にこのアプローチを考え出したのは、先代のジグミ・シンゲ・ワンチュク国王です。わが国では同国王の指導に基づき、以下の側面に等しく重要性を置くバランスのとれた開発を推進してきました。

  1. 公平で持続可能な社会・経済開発
  2. 脆弱な山地生態系の保全
  3. 文化の振興
  4. 良き統治の実践

そこには、定量的な指標は定められていませんでした。しかし、国外からも多くの関心が寄せられ、世界各地の提携先と共同で幅広く研究が行われるようになり、後に一連の指標が設けられました。その結果、今述べた GNH の 4 本の軸は以下の 9 項目に従って精査され、それぞれが、幸福を形成し条件づける上で等しく重要な役割を果たしています。

  1. 所得配分
  2. 教育達成度
  3. 健康状態
  4. 時間の使用と管理
  5. 精神的な健康
  6. 地域社会の活性度
  7. 文化的多様性
  8. 生態系の回復力
  9. 良き統治

建築における正確な寸法と同様に、これらの「幸福」の寸法は、72 種類の変数や指標によって正確に測ることができます。現在では、我が国の政府の政策や制度は、もれなく「GNH 審査プロセス」と名付けた審査を受けることが義務付けられ、首相が委員長を務めるハイレベルな「GNH 委員会」によってその審査が実施されています。GNH がマイナスの値になった政策・制度は不合格となりますが、その再検討が行われるのは、そのマイナス要因が解消されるか、それを軽減する措置が盛り込まれた場合に限られます。

この点に関して、わが国政府は「国連開発計画(UNDP)」や「コロンビア大学地球研究所」に加え、幸福に関する科学や経済学の分野における指導的な科学者や思想家と共同して、先ほど述べた国連決議に盛り込まれたパネルディスカッションの開催に向けて準備を進めていることをご報告いたします。 「リオ+20 サミット」が開かれる前の 2012 年春にニューヨークで開催されることが提案されています。この会合では、共通の目的意識を持つものが相互に連携し開発プロセスについて議論し、幸福に関する9 つの条件を整備するための政策提言を加盟国に対して示すことになります。私は、持続可能なかたちで人類が進歩し本当の意味での文明を目指す方向に向かう、統合的で協調的な開発パラダイムをつくりだすための舞台は用意されていると考えます。

16の質問 

建築家が社会の在り方を決めるマスターであるという、あまり一般には共有されていない私の認識に話を戻しましょう。皆さんは実際に自分がつくる空間の輪郭を製図版の上で描く能力をお持ちだということもさることながら、ご自分の目で見てみたいと思う生活をデザインする魔法使いだと私は思っています。もしそうだとすると、皆さんは建築物を通して、将来の世代に何を語りかけるのでしょう。その物語はどのような内容のものになるのでしょう。私はこれまで真剣に建築を勉強する機会もありませんでしたし、このような著名な方々の厳かな会合が開催される以前であれば、皆さんの前でお話しできるような有益なアイディアは持ち合わせていないと申し上げたはずです。しかし、皆さんがつくったものによって生き方が左右される者の一人としてできることがあるとすれば、それは私自身がよく思い浮かべる以下のような質問を、あなた方に投げかけることだと思います。

  1. 幸福を追求する人類の発展に資する新たな建築において、建築家の役割とはどのようなものであるべきなのでしょう。9 つの分野のそれぞれについて、皆さんは何ができ、また、何をするのでしょう。
  2. 皆さんがつくった不朽のモニュメントが、その構造、材料、規模、美学を通して、どのような物語を語るべきなのでしょう。
  3. 私たちが現在個人として、家族として、地域社会として、そして国家として生きている皆さんのつくられた都市から、将来の世代は何を読み取るのでしょう。私たちの社会が、相互にやり取りのある社会となり、活き活きとした地域社会を実現するために皆さんがつくった楽しい空間で彩られ、調和した社会であったと思うでしょうか。
  4. 私たちが今行っている自然環境の保護について、将来の世代はどのように語るでしょう。私たちのことを、主として建築の新しい倫理観によって、絶滅寸前の状態から世代間の平等に配慮するよう、人間性への道筋を変えた世代として高く評価してくれるのでしょうか。
  5. 皆さんの建築には、建築学の主流からはずれ脇に置かれている、偉大で真に環境に配慮したアイディアが取り入れられているでしょうか。そこには、古くからの知恵を謙虚な姿勢で取り入れた跡が見えるでしょうか。また、あなたが、顧客と自己という範囲を超えた感受性と責任感をもって、持続可能性に取り組んだかが伝わるでしょうか。
  6. 皆さんの建築には、エネルギー危機が深刻化していることや、人工照明やエネルギーへの依存度を最小限に抑制する手立てがわかるような工夫がしてあるでしょうか。これは皆さんが好きな設問です。一つのエネルギー源、つまり、原子力のことですが、2050 年までに安全でない理由で廃棄される可能性があるからです。
  7. 皆さんが、水を節約しリサイクルし、空間を暖め冷やす、また、廃棄物を管理するために工夫した建築の特徴や利便について、後世の人びとはどう語ることでしょう。つまり、皆さんのデザインを通して、環境に対して責任をとる文化がどのようにつくり出されたかについてです。人工的な空調への依存度を最小化し、住まい手をより健康に、より溌剌とさせるために、私たちの世代が人の我慢のレベルを逆転させた、そう言ってくれるでしょうか。
  8. 現在のグローバル化した世界において、倫理に即した持続可能な建設のための最低限の規範や基準を建築家全員が自発的に順守する、そのために設けた倫理基準が理解され、評価され得るでしょうか。
  9. 私たちの世代が、自然の生命維持システムに対する攻守を逆転し、建築の構法や建材の抜本的な変革によって森林を救い、生態系を再生したと言い切ることができるでしょうか。
  10. 皆さんの建てた建築を通して、個人的な能力に依拠するのではなく、限りある天然資源や空間を公平に利用することを旨とし、また、全人類のニーズはすべて平等であり、富裕層がこれまで所有してきたものよりはるかに少なくて済む、そんな理解に立ち、分別と手ごろな範囲内で暮らすようになった、と言えるでしょうか。
  11. 都市と近隣の農地を連結し、アパートの窓際や屋上で最低限の野菜や果物を栽培できるように工夫することで食糧の輸送距離を短縮する、そんな構想に基づき皆さんが都市を建設し再編したのが 2011~2050 年の間であったと言えるでしょうか。
  12. 私たちの世代は、現時点で 70 億人の半数以上、また、2050 年までに 90 億人の半数以上の人びとが直面する、住まいを持つ者と持たざる者との間のギャップを狭めることに資するような、都市や市街地をデザインしているでしょうか。
  13. 街路の設計や規制によって、自家用車の保有が無意味になり、便利な公共交通機関が温室効果ガスを排出しなくなれば、将来の世代は何と言うでしょう。職場と自宅が統合したクラスター化によってその距離が狭まるように配置され、通勤手段として徒歩が好まれるようになるとどうでしょうか。
  14. 皆さんが拡張し、再構築し、建設する都市は、暗く卑劣な生存本能を呼び覚ますのではなく、逆に温かく抱かれるような安心感や帰属意識をもたらすことで、人類の最大の長所を花開かせるような、より威圧感の少ないものになるでしょうか。
  15. 皆さんがつくる都市の壁や柱やモニュメントは、後世私たちが生き、望んだ生活がどのようなものであったかを語りかけるでしょうか。その 1000 年後の壊れたコーニスや崩壊した壁面が伝える物語はどのようなものでしょう。それらは、私たちの世代が若人を愛し老人を大切にする善良で、賢明で、思いやりのある世代であったと語りかけてくれるでしょうか。
  16. 私たちの子孫やそのまた子孫たちは、私たちの世代を贅沢な選択ができ、感覚を持つ全ての生き物のために正しい選択を行った世代であったと見てくれるでしょうか。あるいは、人類の消滅に手を貸すという愚を犯し、誰一人として物語を読めなくしてしまった世代という汚名を着せられることになるのでしょうか。

皆さん、この世界建築会議を東京で開催する、それは時宜を得たまことにふさわしい決断であったと思います。建築家という偉大な職業の方々の集まりに天皇皇后両陛下のご臨席を賜わりました。これ以上の栄誉があるでしょうか。今日の日本から学ぶべき教訓があります。今回の同時多発的な災害によって引き起こされた惨劇から、深淵な教訓を学ぶことができます。プロフェッショナルとして、また人間として、このようなまたとない経験や機会を通じて心が豊かになったことに疑いの余地はありません。願わくは、災害から復興し、この偉大な国が連帯によって、持続可能で幸福な世界の実現に向かいますように。

Photo Credit
写真 1,3
: 在東京ブータン王国名誉総領事館
写真 2
: ブータン政府観光局