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REPORTS

Special Issue

中国建築見聞録

吉野毅
1981年 福岡県出身
2006年 MAO建築事務所を経て
2010年 三菱地所設計入社し現在に至る。
いつも変わらない風景 

プラタナスの街路樹が冬支度を始め、上海もだんだん肌寒くなってきた。この景色は魔都と呼ばれた租界時代の上海から変わらない風景なのだろう。
テレビなどで紹介される上海の有名な場所と言えば、高層ビルが立ち並ぶ浦東開発区と呼ばれる場所であろう。東方明珠塔と呼ばれるテレビタワーの開発から始まり、金茂タワー、金融環球中心、そして来年竣工予定の上海タワーなど次々と超高層ビルが建設されている金融エリアである。また黄浦江と呼ばれる川の反対側には浦西区と呼ばれる旧市街地が広がっており、租界時代の面影を残す外灘(バンド)エリアは有名な観光名所となっている。この新旧の時代が見られる場所として、上海は世界中の観光客を魅了し続けている。

左:浦東から見る浦西エリア 右:浦東の超高層ビル群

中国の仕事環境 

8年前、大学時代の知人の紹介で上海の設計事務所で働くことになった。日本で働いていた会社に辞意を伝えると2週間後には上海にいた。今考えれば若さ故の勢いと海外で働くというチャンス、悶々と感じていた日本の閉塞感や窮屈感から逃げ出したいという気持ちもあったのかもしれない。
働くことになった設計事務所の社長は日本の組織設計事務所で10年ほど働いた後、上海で独立をした人だ。当時は建築設計部門とランドスケープ部門合わせて約60人のスタッフが働いており、そのうち6人が日本人であった。平均年齢も20代と若く、フラットで大学のような雰囲気だった。
中国国内の様々な大規模プロジェクトの設計を担当しており、集合住宅や商業・オフィスの複合施設、都市計画など多岐に渡っていた。基本的に複合開発がほとんどである。私はそこで集合住宅や商業・オフィスの複合施設、高級別荘、ランドスケープなどの設計に携わっていた。言葉や考え方が違う中国の人たちと働けたことは良い経験となった。

建築担当者とランドスケープ担当者のデザイン打ち合わせの様子

年夜飯と呼ばれる中国の忘年会の様子

2010年から働く現在の事務所でも、大規模な総合開発のプロジェクトをメインに設計を行っている。特に国際コンペに招待されることが多く、世界中の有名な設計事務所と競うこともあり、とても刺激的な毎日を送っている。中国にも欧米系をはじめ世界中の設計事務所が進出しており、日本とは全く違ったグローバルな視点かつ戦略的な対応が求められる。
OMAのような海外の事務所だけでなく、中国の事務所でもブランディング戦略、プログラム提案、施工面を考慮した設計システムなど従来の建築デザインの範囲を超えた提案を行うところも出て来きており、まさに戦国時代といったところである。

中国の設計事情 

日本ではあらかじめ設計要求条件が決まっている場合がほとんどだが、中国の場合、住宅やオフィスなどの大まかなプログラムは決まっているが、それ以外は何も決まっていないことが多い。それどころか開発をするが何を造ればいいか、と設計事務所にプログラムの提案を求めることもある。設計者の役割に大いに期待を寄せている部分がある。
また、都市計画上の規定や法規も案件や行政協議によって容積率や高さ制限などが変わることもあるため、これといった決まりがあるとは一概には言えず、状況もどんどん変わっていく。こういった状況に一喜一憂せず、臨機応変な対応や忍耐強さ、アドリブ感をあえて楽しむ余裕が必要かもしれない。
中国の設計のプロセスは、概念設計、方案設計、拡大初歩設計、施工図設計という4つの段階がある。海外の事務所はライセンスの関係で図面の交付ができないため、設計諮詢、いわゆるコンサルタントの会社という立場で設計を行っており、最終的に設計院と呼ばれる中国でライセンス資格を持った現地事務所が図面を交付し、責任を持つことになる。海外の事務所は一般的に概念設計から方案設計までを行うことが多く、コンセプトデザイン、基本設計段階までの作業がほとんどである。
中国で設計業務を行うにあたっては、この設計院とどのように協働していくかが1つ大きなポイントにもなるのだが、基本的に施主側で設計院が決まっていることが多く、立場上対等な関係になる。協力的な設計院もあれば、非協力的であったり、対抗案を出してきたりするなどプロジェクトごとに様々な問題が生じることが多く、こういったエピソードは中国で設計を行ったことのある人であれば枚挙に暇がないであろう。

開工式と呼ばれる杭打ち工事開始を祝う式典の様子

中国の求人事情 

中国も欧米同様人材の流動性が高く、キャリアのステップアップを考えている人が多い。設計院はもちろんのこと、日系や欧米系、中国系などそれぞれタイプの異なる設計事務所があり、日本のようにアトリエ事務所か組織事務所かという二者択一的な感じより選択肢に幅がある。中国で働く日本人は私のように日系の事務所で働く人もいれば、欧米系、中国系などの事務所で一定期間働いて帰国するか、もしくは独立する人もいる。経済状況も含めて求人は常にある状態だと思ってよい。実力次第でよい待遇で働くことも可能だ。

中国で設計をやる意味 

とにかく驚くほど短期間で大量の案を作ることが求められるため、設計のトレーニングという意味では良い環境だと思う。以前に比べて経済は減速ぎみではあるが、それでも今なお続く中国全土での大規模開発。もちろんそれだけの量をこなすには体力的、精神的にタフでなければならない。日本のように設計した建物が竣工することは稀で、施主の事情や政治的方針転換でプロジェクトが止まることも多々ある。
それでもなぜこの中国で設計をやり続けるのか?中国という広大な土地を舞台に、何10万㎡というボリュームが短期間であっという間にできていく過程を直で感じたいと思ったからだ。もちろん設計ができる機会は日本よりはるかに多い。しかしそれ以上にこの量にどれだけの価値を生み出せるか。ビッグネスな状態の中で、従来のコンテクストを読み解きながら建築を組み立てていくという手法だけではなく、このスピードやデータの組み合わせといった、何か新しい手法で今後どのような新しい建築ができ上がっていくのか、これからも中国の建築を見続けていきたい。