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REPORTS

Special Issue

サスティナブルで幸福な社会のための建築(1)

ジグメ・ティンレー ブータン王国首相 UIA2011東京大会 基調講演より
ジグメ・ティンレー
ブータン王国首相
1952年ブータン生まれ。
インドのデリー大学セント・ステファン・カレッジで学士取得、その後米国のペンシルヴァニア州立大学にてMPAを取得。
ティンレー氏は、ブータンで初めて民間より選出された首相である。彼は、国王による開発政策の概念である「国民総幸福量」の強い主唱者であり、国内外での講演においてそのことを語ることが多い。現在、国立環境委員会の会長および、ウゲン・ワンチュク環境保全協会(UWICE)の会長を務めている。2009年にはブータン国王より民間人の最高の勲章であるメダルを授与された。また、その他近年でも数多くの賞を受賞している。 1952年出生于不丹。
 
建築について 

皆様、私は、建築と建築家の皆さんが身を置く創造的な世界に常に魅了されてきました。皆さんは、私が最も魅力的だと信じる職業に従事されながら、私たちの暮らし方や生活空間を創造、改変し、生活の在り方を決定づけています。時に繊細な、時に大胆な方法で。皆さんの先達は限られた手段で驚くべき建造物をつくり上げてきたのに対し、皆さんは、技術を駆使し、偉大な過去の建造物から影響を受けつつ設計し建築されています。そして、都市、郊外、農山村地域に居住地をつくります。また、各種の施設や商業施設、工場もつくります。その才能、自由な想像力、大胆さを発揮して、富裕層の求める人目を引く建物を設計する場合もあれば、一方貧しい人びとに必要な最もベーシックで手ごろな住まいのニーズにも応えてきました。建築家としての名声を得る望みを満たし、その偉大さを示すモニュメントも存在します。天然の材料を用いることもあれば、コンクリートや鋼材、ガラスを使うこともあります。そして顧客が求め、あなたの想像力溢れる建物が具備すべき柔軟性や耐久性の実現に資する新たな複合材料も生み出してきました。

時間の経過に耐えられるのは、たいがい大建造物や大建築物であり、過去の偉大な文明の内容を 伝えてくれるのも、その構成要素や遺構です。それらは偉大な建築家の作品であり、支柱やコーニス、壁面が美しく飾られています。そして、私たちに畏敬の念や敬意の心を抱かせずにはおきません。生活空間をつくり出し、材料を選択し、構造物を構築し、それらの動線を考え如何に配置するかを決めるのも建築家の皆さんです。その作品によって、生活、社会制度、文化、運命、そして人間と自然との関係が決められるのです。

建築家は、人間の経験を生み出し、それを解釈させるものの中心にいるのです。つまり、人間の物語の究極の語り部なのです。

私たちと生態系 

また、人間の物語とは、変化、希望、夢、破壊、再生の物語であることを私たちは知っています。しかし、昨今では、私たちが経験しつつある変化が人間の冷酷かつ愚かな行動の不幸な結果に帰する、そんなケースがますます増加しています。いかなる犠牲を払ってでも物質的な富によってより良いと思う変化を飽くことなく追求した結果、私たち自身の生存を脅かすという事態を世界中にもたらしました。人間の貪欲さを満たすために継続的な経済成長を追求し続けることによって、私たちは自然の生命維持システムの多くを破壊してしまいました。このペースで行けば今残されたものもそう長くは持たない事態を迎えます。

私たちは地球上の限りある自然、ますます壊れやすくなりつつある自然を傷つけていることを、世界に向けて事あるごとに警鐘を鳴らして指摘し続けてきました。天然資源の枯渇は急速に進行しています。気候の変動は複雑かつ回復できないかたちで、生態系に悪影響を及ぼし続けいます。決して誇張しているわけではありません。かつて雪に覆われた山々は、その山頂部の雪さえ失いつつあり、世界の氷河も後退、消失し、水系の絶え間ない流れも変化し、永久に止まったりしています。水象も変化を来たし、異常気象にも直面しています。洪水、ハリケーン、暴風、サイクロンがその頻度と強度を増し、過去に発生していなかった地域でも観測されるようになりました。
農民はもはや過去の知識に依存することはできず、干ばつ、穀物の不作、海面上昇や塩害によって先祖伝来の土壌を喪失するなどの苦難に直面しています。地震、津波、氷河湖の決壊洪水、地すべりが人の命や財産を奪い、その深刻な事態がもたらす恐怖感に人々は苛まれています。また、これまで無縁であった地域も巻き込まれるようになり、人びとはその幻影に怯えています。

草のない牧草地で衰弱した牛が死んでいたり、火が猛威をふるって住宅や広範な森林を焼き尽くしている光景は私たちを呆然とさせます。さらに、治療法が発見される前に新たな病が蔓延してしまう恐怖もあります。氷に覆われた大陸が溶け、水面が上昇し、海洋生物が減少し、オゾン層の破壊が続いています。私たちが呼吸している空気でさえも有毒になっています。生物多様性が低下し、生物種、植物や昆虫、動物の絶滅に伴い、人類も自らの絶滅に近づいています。誰も回復することのできない生態系の崩壊に刻一刻と向かっているのです。

本当の富とは 

私たちの社会も分裂が進行しています。家族や友人、地域社会、そして一つの種として共に生きることを放棄しつつあります。都市や建築物にあって、最も近くに住む隣人ですら赤の他人となり、犯罪は増加し、対人関係での失敗や雇用不安に苛まれ、期限厳守や目標達成のストレスを感じつつも、生活保障や報酬や地位を巡って競争せざるを得ず、その結果薬物や向精神剤の依存症になる人の割合が増えています。どこでも刑務所は囚人で溢れ、私たちの法制度は、合法社会では生きられない人びとによって八方ふさがりの状況にあります。私利私欲、礼儀の喪失、個人主義の重視によって家族や地域社会の絆が綻び、ぼろぼろになった社会組織をさらに擦切らせています。その結果、孤独、憂うつ、自殺が蔓延し、寿命が長くなったといっても、多くの人にとって、社会の遠く離れた末端で冷遇される時期が長期化しただけのことなのです。

政治や安全保障の現状に目を向けると、世界はかつての最強の軍隊が望んでも持ちえなかったよ うな破壊兵器を保有する危険な存在への断片化が進んでいます。このような戦闘の絶えない分裂した世界では、だれがどれだけ核兵器を保有しているのか、皆目見当がつきません。希少資源の獲得競争は拡大の一途を辿っており、希少な戦略的鉱物、石油を巡る競争も激化しています。

地域社会、都市、各国間で、資源や水の配分に関する覇権を巡って競争が強まるでしょう。川の上流に位置する国では、水利権を行使するため、紛争が長期化し衝突が不可避となります。今日、民主主義はキーワードとなっています。しかし、民主主義が形式的に成立しそれを宣言した国々にあっても、このところ圧制者の残虐行為や腐敗した政府に対して何もできずにいる人びとの数が増えています。悲しいことに、不平等、貧困、紛争が広がっているのが現実です。いわゆる成熟した民主主義国家でさえ、人びとは希望を見出だせない状態にあります。良き統治の例は稀なのです。

このすべての事態は、物質的な繁栄を追及した故に生じている、すなわち、発展とは GDP(国内総生産)や GNP(国民総生産)の成長であると私たちが考えてきたからです。ところが皮肉なことに、過去70 年間、私たちは生態系や社会その他への代償をほとんど省みずに経済成長を追求したにもかかわらず、実際に生み出された富はほとんど無いか、皆無に等しいのです。私たちが手にしたと考えているものの大半は幻想であり、どれ一つとして持続せず、また苦難のときに役立たないものばかりです。住宅バブルが崩壊しアメリカが景気後退局面に突入した時、アメリカの人びとは自宅や職、備えを失い、そして正気も失った後に、自分たちの富がいかにまやかしであったかに気づきました。また同時に、GDP モデルで最も優れた実績を収めた国である日本においてさえ、この時沢山の人びとが失業や貧困、住まいを失うことを初めて経験しました。そして、想像しうる最悪の災害が日本を襲った今、この国を救ったのは、日本の文化的・社会的価値に存する古来の真の富なのです。

富とは、あなた方が困難な時に備えてつくるものです。つまり、欠乏の時期を乗り切り、寒い時期でも身を乾かし温かくし、飢饉の時でさえ飢えないようにするためのものです。そして、あなたの欠乏の冬に必要な備えです。すなわち、品格と尊厳を持った介護と心地よい環境の中で年を重ね、死ねるようにすることです。それ以外に、富の働きはあるでしょうか。

さらに大きな皮肉は、社会が、その誤って考え出された夢を実現するためにつくった手段を行使する主導権すらもはや失いつつあるということです。私たちは市場をコントロールすることはできません。その代わりに、消費の魅力によって私たちは奴隷化された、つまり、人類最大の弱点である欲望によって支配されたのです。私たちは、市場の気まぐれな力の犠牲者です。そして、人びとが従属的になればなるほど、市場の力は強くなっていくのです。

金融・経済の根底がどのような基礎構造の上に立っているのかを、私たちは知りません。最近になって、かつて市場を信じていた人でさえ、市場の基本的な欠陥について語り出す人が増えていますが、誰もわからないし誰も理解していないのです。そして、担当責任者は誰もいないのです。時々集まって話し合いをしてみても、結局は同じ解決策にたどり着きます。つまり、燃料を追加して、破壊の炎を大きくするというものです。私たちにできることは、せいぜいどのような市場の力が私たちに作用しているかを想像することくらいです。米国における景気後退の状況を見てください。そこから抜け出ることができるのか、それともさらに深く落ち込んでいくのか、彼らも分かりません。

ヨーロッパの人も、目に見えない力が作用して深刻な大金融経済危機を招く可能性があると想像するくらいしかできません。同様の力が作用して、中国、インド、ブラジルといった新興国経済の景気を減速させる可能性もあります。また、それ以外の国、特に発展途上国に関して明らかなのは、多くの国々が極端な貧困状態から抜け出し、実際にまじめに開発に取り組む上で、最低限の生き残る基準を確保するために不可欠な、8つの「ミレニアム開発目標(MDGs)」*1 すら達成できないということです。

日本、米国、中国の 10 年後、5 年後、1 年後、次の四半期後の未来はどのようになるのでしょう。ユーロ圏の運命はどうなるのでしょう。誰にも分かりません。誰も予想できる代案や実施可能な代案を敢えて示そうとしません。そして誰も信用することはできません。せいぜい怖くて、本当はばかばかしくさえあります。今日のように科学的に進歩し知識が豊かな時代にありながら、こうした現状は、まことに残念なことです。

私たちは、今どこに向かっているのでしょう。現在についてほとんど何も知らない私たちの明日は一体どうなるのでしょう。なぜこのようになったのでしょう。今必要とする以上のものを手にすることで、将来世代の生存を危険に晒すだけでなく、自分たちをも危険に晒すことに対する心構えができているのでしょうか。私たちは今こそ行動しなくてはなりません。変わらなければならないのです。人間社会や経済の構造を変革する必要があるのです。生活様式を変えるとともに価値観を再考する必要があるのです。しかし、後戻りしても解決策にはなりません。同じ道のりを進むことはできないのです。地球という脆い存在が保持し維持する生きとし生きるすべてのものと共に、私たちを待ち受ける破局を受け入れるのではなく、英知を獲得し、その英知を活用して出口を発見し前進しなければなりません。

*1ミレニアム開発目標(MDGs)
2000年9月、ニューヨークの国連本部で開催された国連ミレニアム・サミットに参加した147の国家元首を含む189の国連加盟国代表が、21世紀の国際社会の目標として、より安全で豊かな世界づくりへの協力を約束する「国連ミレニアム宣言」を採択した。この宣言と1990年代に開催された主要な国際会議やサミットでの開発目標をまとめたものが「ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)」である。MDGsは国際社会の支援を必要とする課題に対して2015年までに達成するという期限付きの8つの目標、21のターゲット、60の指標を掲げている。

(次回につづく)

Photo Credit
プロフィール写真
: UIA2011東京大会 日本組織委員会
写真 1-3
: 在東京ブータン王国名誉総領事館