• 日本語
  • EN
  • 中文

COLUMN

Columne

世界の街角で働くということ

英国建築設計現場の風景
山嵜 一也
英国に観光ビザで入国し500社以上の就職活動。貰った断りのレターは59通。留学ではなく働くことを求めて海を渡ったのはリアルな英国の風景を見たかったから。必要とされれば採用、いらなくなればクビ。多国籍チームでは多くの誤解も生じたが、そのムッとする瞬間こそが出発点。相手を拒絶していたら距離は縮まらない。英国のやり方すら通用しない。正解がない。答えは一つではない。相手を説得し、自分を納得させる。建設現場では小さなコミュニケーションの積み重ねで信頼を得るのだと肌で学ぶ。理解しようという覚悟。それは語学力とは別次元の話。仕事で使える言語能力は悔しい思いでしか身につかない。12年間で4度の解雇。英国建築設計現場の風景をお伝えします。
第3回 「@round vol.2(米国編) 総括1- 『どのようにしてコンピュテーションが建築に関わるのか?』」

『どのようにしてコンピュテーションが建築に関わるのか?』

これがアットラウンド・アメリカ編ディスカッションの部で複数寄せられた質問であり、建築業界のコンピュテーションの役割について探求するアットラウンド第2回目の大きなテーマでもあった。また、それが海外の建築の現場で働いた登壇者のキャリアを語る上で欠かせないキーワードであることも判明した。

今回の登壇者は、豊田啓介氏(Noiz Architects)、hannat Architects(保科陽介氏、堤理沙氏)、金田充弘氏(Arup シニア・アソシエイト/東京藝術大学准教授)、重村珠穂氏(アルゴリズムデザインラボ)の5名。彼らがアメリカの建築業界に活躍していた90年代から00年代は、アメリカが世界を牽引しデジタル化やインターネット化が推し進められた時期と重なる。その大きな波が建築業界にも押し寄せ、そのうねりの中で彼らは活動していた。

彼らはどのようにコンピュテーションと向き合い、建築空間に落とし込んでいたのか?前半のプレゼンテーションでは、新しい建築、もしくは形態を生み出すのに、その実効性の模索にコンピュテーションは優れている点に触れた。あらゆる可能性を瞬時に検証し、あらかじめ準備しておくことが出来る、という。また、デジタルデータを介在されれば、建築を生み出すプロセスにおいて、関わる人の場所、アイデア、分野(設計、構造、設備など)がどこに所属していようとも問題とせず、繋がることが可能であることを私達に披露した。

また、彼らに共通していたのは自己を冷静に分析する視点であった。その客観性により、コンピュテーションを如何にして自己の建築の実現へ組み込んでいくかという戦略的視点が備わっていた。コンピュテーションを建築業界に取り込む【スキル】と自己を客観視出来る【マインド】を持っていたからこそ、その後日本に活動の拠点を移しても世界と協働することが出来ているのだ。

確かに海外で就労していた経験は、急速にグローバル化が推し進められている現在の日本の建築業界では優位に働く。しかし、それも限られて時間でのものでしかない。なぜならば、真のグローバル化が実現した瞬間、日本と世界の境界、すなわちウチとソトという概念自体がなくなり、その優位性は失われるからだ。近い将来、多くの人が日本にいながらにして世界の人々と協働していかなければならなくなる。

世界を繋ぎ、フラット化を目指すためのコンピュテーション、デジタル技術であるのだが、同時にそのグローバル化が実現されたときに、どのようにしてその優位性を保つのかを認識していなければならない。コンピュテーションを日本の建築業界に持ち込む彼らの話を聞きながらそんなことを考えた。

集まった人々はアメリカ建築業界の話だけでなく自己を冷静に客観視する登壇者の姿勢に耳を傾けた。

山嵜 一也 Profile
1974年東京都出身。芝浦工業大学院修了。レイモンド設計事務所を経て、2001年渡英。観光ビザで500社以上の就職活動。ヘイクス アソシエイツでワイカラー ビジターセンターでRIBA賞入選。アライズ アンド モリソン アーキテクツで欧州最大級となるハブ駅キングスクロスセントパンクラス地下鉄駅の設計現場監理。ロンドン五輪では誘致マスタープラン、レガシーマスタープラン、グリニッジ公園馬術競技場の現場監理。個人でもベネトン社店舗計画コンペファイナリスト。スイス家具メーカーのオークションで椅子パターン発表。芝浦工業大学 WEB型非常勤講師(2007-2012)。2013年1月に日本へ帰国。英国の建築設計現場について講演、執筆多数。ロンドン五輪計画についてのコラム「for Tokyo2020!」など。

山嵜一也 公式ツイッター ページ