• 日本語
  • EN
  • 中文

COLUMN

Columne

世界の街角で働くということ

英国建築設計現場の風景
山嵜 一也
英国に観光ビザで入国し500社以上の就職活動。貰った断りのレターは59通。留学ではなく働くことを求めて海を渡ったのはリアルな英国の風景を見たかったから。必要とされれば採用、いらなくなればクビ。多国籍チームでは多くの誤解も生じたが、そのムッとする瞬間こそが出発点。相手を拒絶していたら距離は縮まらない。英国のやり方すら通用しない。正解がない。答えは一つではない。相手を説得し、自分を納得させる。建設現場では小さなコミュニケーションの積み重ねで信頼を得るのだと肌で学ぶ。理解しようという覚悟。それは語学力とは別次元の話。仕事で使える言語能力は悔しい思いでしか身につかない。12年間で4度の解雇。英国建築設計現場の風景をお伝えします。
第1回 「新橋のガード下の夜のこと」

「いや、マジメに考えたら?」
と彼は語気を強めた。その瞬間、私の酔いが少し醒めた。

そう問いかけたのはブルガリアの友人。この週末が終われば社会人生活が始まる2000年春先の出来事だ。三度目の来日で日本の味に慣れた彼に東京のローカルな味をと思い新橋ガード下に連れていった。彼とは一年前の夏に新潟の山奥、小白倉で開催されたロンドンの建築学校AAスクールのワークショップで知り合った。

「海外に出たい。しかし、その方法がわからない。」その悶々とした気持ちを建築設計コンペに応募することでしか解消できなかった私は次なる挑戦への情報を探すために開いた建築雑誌で“ワークショップ参加者募集”の文字を見つけた。すぐさま「世界に出るための第一歩に」という暑苦しい志望動機と応募課題を送ると、日本側からのメンバーとして選ばれた。

しかし、過疎地の小さな村の廃校になった小学校を舞台にした世界中から集まった学生との共同作業では、言葉の問題もさることながら、彼らの建築に対する情熱や真摯な態度に打ちのめされた。

また、その一方で彼らとの共同生活では、自分が日本の友人にしているような振る舞いが海外の人々を相手にも通用するのか試したかった。日本語でそうであるように相手を笑わせ、そして私自身が心から笑えるのか?外国を“旅すること”と外国で“生活すること”は違う。新潟の山奥という“ガイコク”での経験を通して、言葉の問題はあるが、海外で生活することが何とかなるのではないかという僅かな手ごたえを感じた。

新潟の山奥小白倉でのワークショップの風景。廃校になった小学校で英国建築学校AAスクールの学生が1ヶ月ほど共同生活をしながら、公園の遊具のようなものを制作し、設置した。
そのワークショップで出逢ったのがブルガリア人の彼だった。「日本では君の国はヨーグルトで有名だ」と、彼にすれば冗談でしかない会話を拙い英語で続けていくうちに仲良くなった。

結局、彼は次の年も日本を訪れ、一緒に日本各地の寺社仏閣や近代・現代建築を見て回った。道中、彼から聞く異国の地での生活に対して、私は「海外に行きたい」と漏らしていたのかもしれない。

そこで彼は新橋のガード下の居酒屋でこう切りだした。「僕の借りているロンドンのフラットの一部屋が空いているから、そこを使って英国での活動を始めてはどうか?」
「あ、いいねぇ」と海外生活に憧れていたものの現実味のない話に私がのらりくらりとかわそうとしていたときに彼は冒頭の言葉をピシャリと被せた。

とは言え、次の月曜日からは私もスーツを着て社会人として設計事務所に勤務するのだ。就職氷河期と言われている中、契約社員として私を入社させてくれるところがある。

「まずは日本で働くよ。そして一年経って気持ちが変わらなかったら、ロンドンに行く」
私は留学ではなく、海外で働きたいと考えていた。お金を払って生活するのではなく、お金を貰って生活したい。しかし、外国でいきなり働き始めることなんて可能なのだろうか?英語も話せず実務経験もほぼないまま?

しかし、彼のひと言で僅かだが世界に出るための道筋が見えた。新橋の夜。学生生活最後の週末のこと。

山嵜 一也 Profile
1974年東京都出身。芝浦工業大学院修了。レイモンド設計事務所を経て、2001年渡英。観光ビザで500社以上の就職活動。ヘイクス アソシエイツでワイカラー ビジターセンターでRIBA賞入選。アライズ アンド モリソン アーキテクツで欧州最大級となるハブ駅キングスクロスセントパンクラス地下鉄駅の設計現場監理。ロンドン五輪では誘致マスタープラン、レガシーマスタープラン、グリニッジ公園馬術競技場の現場監理。個人でもベネトン社店舗計画コンペファイナリスト。スイス家具メーカーのオークションで椅子パターン発表。芝浦工業大学 WEB型非常勤講師(2007-2012)。2013年1月に日本へ帰国。英国の建築設計現場について講演、執筆多数。ロンドン五輪計画についてのコラム「for Tokyo2020!」など。

山嵜一也 公式ツイッター ページ