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COLUMN

Columne

世界の街角で働くということ

英国建築設計現場の風景
山嵜 一也
英国に観光ビザで入国し500社以上の就職活動。貰った断りのレターは59通。留学ではなく働くことを求めて海を渡ったのはリアルな英国の風景を見たかったから。必要とされれば採用、いらなくなればクビ。多国籍チームでは多くの誤解も生じたが、そのムッとする瞬間こそが出発点。相手を拒絶していたら距離は縮まらない。英国のやり方すら通用しない。正解がない。答えは一つではない。相手を説得し、自分を納得させる。建設現場では小さなコミュニケーションの積み重ねで信頼を得るのだと肌で学ぶ。理解しようという覚悟。それは語学力とは別次元の話。仕事で使える言語能力は悔しい思いでしか身につかない。12年間で4度の解雇。英国建築設計現場の風景をお伝えします。
第11回 「ロンドン五輪直前。クライアントのトップから追い立てられる」

“Don’t get caught out!(交通渋滞にはまって遅れるな)”
ロンドン五輪開幕をあと一ヶ月後に控え、地下鉄駅構内に耳慣れないアナウンスがこだました。でもどこかで聞いたことのある声。スポーツの祭典が近づき体育会のノリなのだろうか。追い立てるような言い回しとアクセントが耳に付く。私はロンドン五輪馬術競技会場の現場からの帰社途中、履き慣れない安全靴で地下鉄駅構内のベンチに座っていた。

それから2年前の2010年初秋。地下鉄駅プロジェクト竣工後、残工事と現場事務所の閉鎖を一人で終えた私は本社へ戻った。一度解雇されかけた会社に残るのはどうか、と日本への本帰国も視野に入れたが、景気の悪い英国の風景がどのようなものか見てみたかった。でなければ景気の良い国という一面の英国しか知らないことになる。なにより数年後にはロンドン五輪が開幕する。それまでに解雇されれば日本に帰ればいい。

しかし、リーマンショック後の経済状態は常に不安定だった。通勤途中で手にする無料新聞の一面には“解雇”“不況”など常にネガティブな単語が躍る。“移民労働者が多すぎるのではないか?”というニュースには敏感に反応してしまう。大胆な人員整理が行われた勤務先のフロアは閑散としていた。それでも早々と海外プロジェクト展開に舵を切った勤務先は、危機を脱したかに見えた2011年後半。今度は欧州危機に見舞われ、統一通貨で国境をなくすEUというシステムの問題が一気に顕在化した。2012年の五輪イヤーに入ったにも関わらず、3か月ごとに契約を更新し一年後の正社員に登用を目指していた契約社員の同僚たちもフロアからいなくなった。

そんな中、私はロンドン五輪のグリニッジ馬術&近代五種競技会場の現場監理に行くことを命ぜられた。経線0度線が通り、世界標準時を決めるグリニッジ天文台のある世界遺産にも指定されている王立公園の中に2万人収容の競技場アリーナと公園全体に全長6kmのクロスカントリーコースを設置するという計画。高低差のある広大な敷地を通り雨や日差しの強い初夏の天候の中、安全靴でひたすら歩き回っていた。

地下鉄駅構内で聞こえたアナウンスの声の主はなんとロンドン市長。“大会期間中の混雑を見込して、市内の移動には十分余裕を持つように”というお達し。半分は大会を盛り上げる意味でのパフォーマンスだろう。しかし、大会まで一ヶ月を切ったがまだ競技場建設現場が終わらない人間にとっては「竣工を遅れるな」に聞こえ、ドキッとした。あと一ヶ月でロンドン五輪が開幕する。

五輪大会期間が近づくにつれ駅構内でひときわ鮮やかな服装をした人が増え始めた。大会のボランティア、ゲームズメーカーと呼ばれる人たちだ。彼らは勤務先に向かうのに家からこのユニフォームを着て行く。私たちの日常にもその色が目に入ってくる。街を移動する彼らの数も徐々に増え、気持ちが盛り上がってくる。

山嵜 一也 Profile
1974年東京都出身。芝浦工業大学院修了。レイモンド設計事務所を経て、2001年渡英。観光ビザで500社以上の就職活動。ヘイクス アソシエイツでワイカラー ビジターセンターでRIBA賞入選。アライズ アンド モリソン アーキテクツで欧州最大級となるハブ駅キングスクロスセントパンクラス地下鉄駅の設計現場監理。ロンドン五輪では誘致マスタープラン、レガシーマスタープラン、グリニッジ公園馬術競技場の現場監理。個人でもベネトン社店舗計画コンペファイナリスト。スイス家具メーカーのオークションで椅子パターン発表。芝浦工業大学 WEB型非常勤講師(2007-2012)。2013年1月に日本へ帰国。英国の建築設計現場について講演、執筆多数。ロンドン五輪計画についてのコラム「for Tokyo2020!」など。

山嵜一也 公式ツイッター ページ